Großbritannien

Greenwich – Gehen Sie durch die Stadt, in der die Spuren der Stuart-Ära noch sichtbar sind!

Mowary

ロンドン南東部に位置するテムズ川沿いの街、グリニッジという地名をご存知ですか?

おそらく、知っています、と答える方がたくさんいらっしゃると思います。
はい、グリニッジは、地理の授業で習う有名な地名ですよね。

私もその地理で勉強した知識だけで、グリニッジは世界の標準時、本初子午線がある経度0度の場所、ということしか知りませんでした。

しかし、グリニッジの見どころはそれだけではなかったのです。

グリニッジは、中世チューダー朝に王室の居住地となり、グリニッジ宮殿がありました。そのため、今でも17世紀のスチュアート朝の軌跡がところどころに残されている、魅力たっぶりの街なのです。

そもそも、この世界の標準時となっている本初子午線がある王立天文台ができた時代も、スチュアート朝でした。

今回は、スチュアート朝の軌跡に焦点を当てながら、グリニッジの街を一緒に歩いて行きましょう!

1 グリニッジを地図で見てみよう

まずは、グリニッジの地形についてお話しします。
こちらの地図をご覧ください。

自分でうまくスケッチできたら一番良いのですが、なにしろイラストが下手な私。AIさんの力を借りて、これから歩くグリニッジの地図を作成しました。

細かい地図の役割は果たせておりませんが、イメージとしてご参照ください。

グリニッジ天文台は、緑に囲まれた公園の中にあります。
この天文台がある場所は、小高い丘の上です。

今回のグリニッジ散策は、この天文台からスタートします。

それから、緑の公園を下って歩いて行くと、クイーンズハウスと国立海洋博物館に到着します。

そして、この2つのミュージアムの後ろにある立派な建物が、旧王立海軍大学です。

その近くに船がありますが、これはカティーサークです。
グリニッジの街のシンボルとなっているような大きな船がドンっと現れます。

カティーサークと旧王立海軍大学の後ろには、テムズ川が流れています。

カティーサークまで来ると、もうグリニッジの街中です。

近くには、グリニッジマーケットもあります。

では、このちょっと奇妙な地図を見ながら、グリニッジ天文台の前にご集合ください!

2 グリニッジ天文台 Royal Observatory

グリニッジ天文台 Royal Observatoryは、日本語に訳すと旧王立天文台とも言われます。

1675年スチュアート朝のチャールズ2世により設立されました。

チャールズ2世は、1660年の王政復古で再び国王となり、イングランドに戻ってきたスチュアート朝の王です。

チャールズ2世については、下記記事をご参照ください。

当時のイギリスにとって、海上での貿易は国の経済を支える極めて重要な鍵でした。また、オランダとの戦いにおいても、海上の覇権を握るべく海軍の力が大幅に強化されていた時代でもありました。

しかし、当時の航海士たちは、自分たちが今どの緯度にいるかは把握できましたが、海の上で正確な経度を割り出す術を持っていませんでした。そのため、航海は常に命がけの危険と隣り合わせだったのです。

そこで、海上での経度測定の問題を解決するために、チャールズ2世は建築家クリストファー・レンに設計を依頼し、グリニッジの丘の頂上に天文台を設立したのです。

天文台は、夜空の星や月をひとつひとつ丁寧にマッピングし、海の上でも迷わないための航海術と経度測定という、とても大切な技術を完成させるための場所だったのです。

現在では、この天文台はミュージアムとなっており、当時の測定や航海術の展示を見ることができます。

そして、この天文台の中庭には、世界の標準時となる経度0度のライン、本初子午線が引かれていることで有名です。

1884年10月にワシントンで開かれた国際会議において、正式にグリニッジを世界の経度0度とすることが定められました。当時すでに、世界中の多くの航海士たちがこの場所を基準に海を渡り、地図もそれに基づいて作成されていたから、ということがその理由でした。

さあ、このラインをまたいで記念写真を撮りましょう。

グリニッジ天文台のホームページはこちらです。

***

この天文台がある丘からの眺めはすばらしいですね。

緑の公園の奥に、このあと訪れるクイーンズハウスと旧王立海軍大学があり、その奥にはテムズ川が見えます。そして、テムズ川の対岸は、高層ビルが立ち並ぶカナリーワーフです。

どうぞゆっくり写真に収めてくださいね。

では、この丘を下って行きます。

芝生の公園にある小径を10分ほど歩いて行くと、ようやく白い建物が見えてきます。

立派な柱が並ぶ回廊があるクイーンズハウス、その左側が国立海洋博物館です。

3 クイーンズハウス The Queen’s House

クイーンズハウスのストーリーは、スチュアート朝初代国王ジェームズ1世までさかのぼります。

ジェームズ1世の時代には、国会議事堂を爆破しようとする陰謀事件がおきました。
詳しくは、下記記事をご覧ください。

ジェームズ1世が国王となる前のチューダー朝の頃、グリニッジに王家の居城のひとつが構えられました。

1603年チューダー朝のエリザベス1世が亡くなった後、スチュアート朝のスコットランドの王ジェームズ6世が、ジェームズ1世としてスコットランドとイングランド、アイルランドの同君連合の国王となりました。

ジェームズ1世は、1589年デンマーク=ノルウェーの王女、アン・オブ・デンマークと結婚していました。

スコットランドからロンドンへ移住した二人は、ロンドンでの華やかな生活を楽しみました。特に妃のアンは、芸術や建築にふれ、贅沢三昧をつくしたようです。

ある時、アンがジェームズ1世のお気に入りの猟犬を誤って撃ってしまい、そのことに対して、ジェームズ1世が執事たちの前でアンに怒声を浴びせたことがありました。ジェームズ1世はそのことを大変申し訳なく思い、1616年に謝罪の贈り物として、アンのための邸宅を建築家イニゴ・ジョーンズに依頼しました。こうして、アンに贈るクイーンズハウスの建築が始まったのです。

しかし、アンはその後健康状態が悪化し、1619年にハンプトンコート宮殿で亡くなりました。

アンはクイーンズハウスに足を踏み入れることもなく、クイーンズハウスは未完成のまま、建築も中断されてしまいました。

その後、1625年3月ジェームズ1世が亡くなると、次男のチャールズ1世が王位を継承しました。長男のヘンリー・フレデリックは、18歳で早生していたのです。

チャールズ1世は、その年の6月、カトリック教徒であるフランスブルボン家の王女、ヘンリエッタ・マリアと結婚しました。そして、チャールズ1世の指示により、1630年前後に再び、王妃のためのクイーンズハウスの建築がイニゴ・ジョーンズにより再開されました。

こうして、1635年にようやくクイーンズハウスは完成したのです。

けれど、ヘンリエッタ・マリアもまた、このクイーンズハウスをあまり利用しなかったようです。そして、その後起きたEnglish Civil War (イングランド内戦・ピューリタン革命)により、ヘンリエッタ・マリアは1642年フランスへと亡命することになります。

チャールズ1世とイングランド内戦のお話は、下記をご参照ください。

1660年王政復古によりチャールズ2世がイングランドへ呼び戻された際、母であるヘンリエッタ・マリアも再びロンドンに戻りました。そして、1662年からこのクイーンズハウスに住みましたが、数ヶ月後にはサマセットハウスへ移住、その後イギリスの気候が合わないと感じた彼女は、再びフランスへと渡り、イギリスに戻ることはなかったそうです。

さて、クイーンズハウスの歴史の話がすっかり長くなってしまいましたが、クイーンズハウスの中を見てみましょう。

*

クイーンズハウスのグレートホール(大広間)は、幾何学模様の大理石が使われており、17世紀の建築美を堪能することができます。

また、支柱のない階段として知られるチューリップ階段と呼ばれる美しい階段も必見です。

現在クイーンズハウスでは、スチュアート朝の君主たちの肖像画や、さまざまな美術コレクションが展示されています。

クイーンズハウスの外観を魅了している円柱に支えられた屋根付きの回廊からは、グリニッジ公園の丘やテムズ川の美しい景色を楽しむことができます。

このクイーンズハウスは、入場が無料です。
ホームページはこちらです。

当時のスチュアート王朝の肖像画などの作品を鑑賞し、スチュアート朝のお妃たちに想いを馳せながら、大広間やチューリップ階段を歩いてみましょう。

***

クイーンズハウスを出たら、今度は隣のミュージアムまで歩いて行きましょう。

4 国立海洋博物館 National Maritime Museum

国立海洋博物館は、スチュアート朝時代の建物ではありません。

ここでは、イギリスの海軍や航海にまつわる膨大なコレクションが展示されています。

ナポレオンの連合艦隊を破ったネルソン提督が指揮した1805年のトラファルガーの海戦に関する展示では、ネルソン提督が着用していた実際の制服も見ることができます。

実際、イギリスの海軍は、スチュアート朝の時代に急速に拡大しました。
このミュージアムでも、当時のイギリスの海洋進出に関する歴史が紹介されています。

子供が楽しめるようなインタラクティブな展示もあるので、家族でゆっくり訪れるのも楽しいですね。

このミュージアムも、入場は無料です。
ホームページはこちらです。

3階に分かれた展示場はとても広いので、すべてを見るには何度かに分けて訪問したいところです。

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さて、丘の上にある天文台から下りてきましたが、ようやく最後の建物までやってきました。

5 旧王立海軍大学 Old Royal Naval College

クイーンズハウスと海洋博物館の後ろにそびえるように立つ、左右対称の立派な建物は、現在は旧王立海軍大学Old Royal Naval Collegeと呼ばれています。

1)グリニッジ宮殿・プラセンティア宮殿

この場所こそが、チューダー朝とスチュアート朝の王家の居城となっていたグリニッジ宮殿があったところなのです。

1415年ランカスター家のヘンリー5世が、グリニッジを王家の所領としました。そして、1427年グロスター公ハンフリーが河辺の邸宅として”ベラ・コート”を建設しました。

その後、ヘンリー6世の王妃マーガレット・オブ・アンジューがこの領地を引き継ぎ、大規模な改築をしました。そして、そこを ”プラセンティア宮殿” と呼んだのです。

プラセンティアは、ラテン語で “pleasant palace” 美しく心地よい宮殿という意味になります。

以後、この宮殿はグリニッジ宮殿として、チューダー王朝の住居として使われるようになりました。

チューダー朝のヘンリー8世、メアリー1世そしてエリザベス1世が誕生した場所は、この宮殿でした。

また、ヘンリー8世はここで初めの妃キャサリン・オブ・アラゴンとの結婚式も挙げています。

エリザベス1世亡き後も、このプラセンティア宮殿は、スチュアート朝王家のロンドンの住居の一つとして使われていました。

こうした歴史的背景がわかると、すぐそばにクイーンズハウスが建っていることもうなずけますよね。

しかし、このプラセンティア宮殿は、チャールズ1世の時代に起きたイングランドの内戦 English Civil Warにより、大きな損傷を受けてしまいます。

王政復古によりチャールズ2世が戻ってきた際に、この宮殿を壮大な新宮殿に改築する計画がなされました。しかし、残念ながらそれは成し遂げられなかったのです。

2)王立病院 Royal Hospital for Seamen

それから時は流れ、名誉革命が起き、ウィリアム3世とメアリー2世が共同統治を始めました。

そして1694年、取り壊されたこの宮殿跡地に、建築家クリストファー・レンに命じて王立病院が設立されました。

クリストファー・レンは、クイーンズハウスからのテムズ川の景観を台無しにしないように取り計らい、中庭を取り入れ、左右対称の2つの大きなドーム型の建物をデザインしたのです。

ウィリアム3世とメアリー2世の統治については、下記名誉革命の記事をご参照ください。

この王立病院は、1869年に閉鎖されるまで、負傷した退役軍人のための施設として使われました。

3)王立海軍大学 Royal Naval College

病院閉鎖後、1873年から1998年という長い年月、ここは海軍将校の訓練を目的としたロイヤル・ネイバル・カレッジ(王立海軍大学)になりました。


今日では、グリニッジ財団(The Greenwich Foundation for the Old Royal Naval College)の手によって運営・管理がなされています。彼らは、巨匠クリストファー・レンが遺した建築美を次世代へと繋ぐため、その保存に尽力しています。

また、広大な敷地の一部は、グリニッジ大学のキャンパスとしても活用されており、歴史ある学びの場としての役割も担っています。

この旧王立海軍大学の建物の中には、ペインテッド・ホールPainted Hallと呼ばれる美しい広間があり、一般公開されています。

ジェームズ・ソーンヒルが手がけたこの広間は、当初、退役した軍人たちが集うダイニングホールとして設計されました。しかし、バロック様式の装飾に彩られたそのあまりの壮麗さから、やがて格調高い儀式の場や、コレクションを並べるアートギャラリーとして使用されるようになっていったのです。

丁寧な修復が施された現在は、イベントスペースとして活用されているほか、数々の映画のロケ地としてもスクリーンを彩っています。

美しいホールの様子は、こちらのサイトからご覧いただけます。

***

スチュアート朝の面影を探しながらグリニッジを歩くと、かつて王族が暮らした歴史がぐっと身近になり、散策がさらに趣深いものになりますね。

さて、ここからは現在のグリニッジを楽しみましょう。

6 グリニッジの街を散策

旧王立海軍大学の近くにあるシンボリックな大きな船は、カティーサーク号です。

カティーサーク号は、19世紀のイギリスで海上貿易に使われていた現存する唯一の船で、内部の見学できます。乗船して乗組員の生活を体験してみてはいかがでしょうか。

カティサークの近くには、グリニッジマーケットがあります。

かわいい雑貨や工芸品などのストールが並び、目を奪われると同時に、美味しそうなストリートフードの香りに誘われるまま、お腹を満たすこともできますよ。

テムズ川の対岸には、高層ビルが立ち並んでいます。
そこはカナリーワーフと呼ばれる街です。

驚くべきことに、グリニッジとカナリーワーフを隔てるテムズ川に底には、歩行者専用のトンネル(Greenwich Foot Tunnel) が通っており、自らの足で対岸へと渡ることが可能なのです。

カティサーク近くにあるドーム型の建物の中に、エレベーターがあります。約15メートルの深さまで下っていくと、長さ約370メートルの歩道トンネルが伸びています。

10分ほど歩くと、突き当たりにはまたドーム型の建物があり、エレベーターで地上に出ます。そして、そこはもうカナリーワーフの街なのです。

このトンネルは、日常的な通路として毎日多くの人に利用されています。

エレベーター入り口:左側がカナリーワーフ
右側がグリニッジ

皆さんも是非、ご自身の足でその空間を体感してみてくださいね。

余談ですが、私がここを訪れた際は運悪くエレベーターが止まっており、約15メートルもの深さを階段でひたすら上り下りすることに… 思わぬ運動量となりましたが、それも今となれば楽しい思い出です。

カナリーワーフ側から見た旧王立海軍大学

7 グリニッジへの行き方

最後になりましたが、ロンドンの街中からグリニッジへの行き方をご紹介します。
公共交通機関の駅は、グリニッジの街側にあります。

電車:Cutty Sark カティサーク駅
    *DLR線の駅で、カティサークから徒歩2分ほどのところにあります。
    地下鉄ジュビリー線が通るカナリーワーフ駅で乗り換えられます。

   Greenwich グリニッジ駅
   *National Rail のグリニッジ駅が、街の中心から徒歩約10分のところに
    あります。     
    London Bridge駅、London Canon Street駅からアクセスできます。

カティサーク駅から天文台までは、15分ほど歩いて丘を上がります。

丘の上から観光しながら街へ下りてきたら、帰りはテムズ川をクルーズしながら帰ってみませんか?

クルーズ:Greenwich Pier グリニッジピア
     Uber Boatと書かれたThames Clipper の船

     カティサークの近くに船着場Pier があります。
     ロンドンブリッジまで約30分、ウェストミンスターまで約45分

ロンドン市内とグリニッジの移動には、船でも地下鉄やバスと同様にコンタクトレスカードやオイスターカードが使えるので便利ですよ。

船は約20分ごとに運行しています。
平日と週末ではタイムテーブルが異なるので、よく確認しましょう。
Uber Boatのタイムテーブル

もちろん、ロンドン市内からグリニッジへの行きにクルーズを、帰りに電車を利用することもできますので、お好きな方法を選んでくださいね。

グリニッジ歩行トンネルを使って、カナリーワーフまで歩いてもいいですね。

****

ちょっとおまけです。

グリニッジ天文台からテムズ川と反対側に行くと、広大なグリニッジ公園が広がっています。

この公園の中に、春になると桜が楽しめる小径があるのです。

春の訪れを感じさせてくれる桜は、どこで見ても優しく温かい気持ちにさせてくれますよね。


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ABOUT ME
もわりー
Mowary
Ich komme ursprünglich aus Japan. Nach 15 Jahren in Wien lebe ich heute in London.
Ich liebe es, zu schreiben und Neues zu schaffen.

Mit meinen Beiträgen möchte ich Sie auf besondere Reisen voller Geschichten und kleiner Entdeckungen mitnehmen.

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