5) フィリップ殿下 2 ー 英国王室ドラマ『ザ・クラウン』から学ぶ Season 2

Netflix制作の英国女王エリザベス2世の半生を描く壮大な王室ドラマ『ザ・クラウン』。
気になったこと、興味を持ったことを自分なりに調べながら自由に綴っています。
今回からシーズン2に入ります。
『ザ・クラウン』シーズン1では、エリザベスとフィリップが結婚し、その後エリザベスが女王に即位してからフィリップの不満が募っていく様子が描かれて終了しました。
そしてシーズン2の第1話では、出だしから夫婦が危機的な状況となっており、話し合いをする場面から始まります。ストーリーは2人の状況を振り返る形で展開します。
シーズン2では、そんなフィリップ殿下の葛藤とその後が語られています。
では、詳しく見ていきましょう。
1 エリザベスとフィリップの不仲説
1956年、オーストラリアのメルボルンでオリンピックが開催されました。
オーストラリアは18世紀の終わりから、英国の植民地となっていました。その後、1901年にオーストラリアの自治が認められ、独立国家となってはいますが、今でもイギリス国王を元首とするイギリス連邦(コモンウェルス)の加盟国です。そこで、オーストラリアで行われるオリンピックの開会宣言は、イギリス国王によって行われる必要がありました。
国家元首が行うことができない場合は、代理を立てることもできます。そして、メルボルンで開催されたオリンピックでは、エリザベス女王に代わって、フィリップ殿下が開会宣言をすることとなったのです。そのため、フィリップは単身でロイヤル・ヨット・ブリタニア号に乗り、4ヶ月という長い公務の旅に出かけました。
ドラマの中では、不満が募りつつあるフィリップに活躍の場を与えようというエリザベスの母、エリザベス王太后の策略とされていましたが、実際のところはわかりません。けれど、国家の代表としての開会宣言を託されたフィリップは、きっと4ヶ月の外遊を謳歌されたのではないでしょうか。
第2話・第3話では、その外遊中にフィリップの秘書官であったマイク・パーカー氏が妻により離婚の申し立てをされ、マイクの不倫が暴かれ離婚が成立するところが描かれます。さらに、マイクが男同士の船旅での話を、スキャンダラスに友人に手紙で報告していたこともさらされてしまい、マイクはその場でフィリップにより秘書官をクビにされてしまいます。そして、ドラマの中では、このマイクの離婚と秘書官辞任がきっかけとなり、マスコミによってエリザベスとフィリップの不仲が騒がれることとなるのです。
その噂を払拭するために、エリザベスとフィリップはリスボンで合流し、仲の良い姿を聴衆に見せることを画策したのです。それが、冒頭で登場した二人の船室での話し合いにつながります。
実際フィリップ自身にも不倫疑惑があがっていたことはあるようですが、事実はわかっていません。
2 アンドリュー王子とエドワード王子の誕生
話し合いの後、フィリップの不満を理解したエリザベスは、1957年フィリップにPrince of the United Kingdom(英国王子)の称号を与えます。以後フィリップの称号は、エディンバラ公フィリップ王配殿下となりました。
フィリップとエリザベスは、その後大きな問題を抱えることなく、仲良く夫婦として歩んでいきます。そしてのちに、ドラマの中で元秘書官のマイクを訪ねたフィリップは言いました。
彼女は再び二人の子供が欲しいそうだと。
第2子のアンが誕生した後、1960年に第3子であるアンドリュー王子が誕生するまでの間に実際10年の歳月が流れています。エリザベスとフィリップの不仲問題の真相はわかりませんが、その10年の間にお互いに様々な気持ちが交錯し、新しい家族を迎えることで新たな出発を切ろうとしたことは事実なのかもしれませんね。
アンドリュー王子生誕の4年後にはエドワード王子が誕生しますが、エリザベスがその第4子をみごもっている間に、また事件が勃発します。
1963年マクミラン政権下の陸軍大臣ジョン・プロヒューモのスキャンダルが発覚します。ソ連側のスパイとも親交があった女性クリスティンと親密な関係となり、機密事項がソ連側に漏れたとされた事件です。
ドラマの第10話では、フィリップが整骨医を訪れ、医師であるスティーブン・ウォードから気晴らしにとパーティーの誘いを受けます。そのパーティーにはプロヒューモが参加していたのです。彼はウォードよりクリスティン・キーラーを紹介され、そのことがスキャンダルの発端となります。
この事件の取調べ段階で、パーティーに出席していた人物の写真が集められました。そして、その中に後ろ姿がフィリップ殿下に似ている写真が見つかったのです。けれど、それは後ろ姿だけであり、似ていると言われただけで大きな問題には発展しませんでした。
しかし、もしかしたらフィリップがプロヒューモ事件に関わっていたかもしれないという噂がエリザベスの耳にも入ってしまいます。妊娠中のエリザベスは落ち込み、スコットランドのバルモラルの別荘に引きこもってしまうのです。
バルモラルを訪れたフィリップは、エリザベスに言います。
世の中には、信用できそうで実は信用ならないタイプと、信用できなさそうで実は信用できるタイプの人間がいる。自分は後者だから信じて欲しいと。
そして、無事に第4子であるエドワード王子が誕生したのです。
3 フィリップの母校とチャールズ
シーズン2の第9話では、チャールズがフィリップの母校であるスコットランドの寄宿学校ゴードンストンに通う様子が描かれます。
そして同時に、フィリップがそこに通い始めた幼少期の辛い思い出も一緒に語られています。
ギリシャ王家の第5子として生まれたフィリップでしたが、生後1年ほどでギリシャにクーデターが起こり、一家はパリで逃亡生活を送りました。父親は女性関係が激しくなり、母親は精神を患って入院。そのような中、姉たちは結婚して家を出てしまい、フィリップはイギリスの寄宿学校へ入ることになったのです。それが、ゴードンストンでした。
初めの頃は学校生活に馴染めないフィリップでしたが、徐々に精神が鍛えられ、友人とも交流できるようになり、そこでの学校生活が自分の人生の中でとても良い経験であったと思えるようになったのです。そして、息子のチャールズにも同じような経験をしてもらいたいと考え、周囲がイートン校を勧める中、強引にチャールズのゴートンストンへの入学を決めてしまいました。
フィリップ自ら操縦する飛行機でスコットランドへチャールズを送っていき、母校を懐かしむ一方で、チャールズは初めから校風に馴染めずにいました。
そんなチャールズを思いやって訪問してくれたのが、フィリップの叔父であるマウントバッテン公爵でした。チャールズとマウントバッテン公の繋がりは、その後も『ザ・クラウン』の中で描かれていきます。
チャールズにとっては残念ながら、その後もフィリップのように学校生活が楽しくなるということはなかったようです。ゴートンストンへ通っていた時代は、自分の中の暗黒時代だったと語っているとドラマの中でも記載されています。
そして、実際チャールズは自身の子供たちをこの学校へ通わせることはせず、ウィリアム王子とハリー王子はイートン校で学んでいます。
フィリップとチャールズ親子のすれ違いを感じさせるストーリーとして、とても印象的なお話でした。
シーズン1のフィリップ殿下については、下記記事で紹介しています。
1) フィリップ殿下 1 ー 英国王室ドラマ『ザ・クラウン』から学ぶ Season 1