『クスノキの番人』ー刑事事件が起こらない東野圭吾のストーリー
海外に住んでいると、会社の中や友人同士で、日本語の本の貸し借りがよく行われます。
日本語の本は貴重なのです。
その中でも、東野圭吾さんの本を目にすることは多く、私自身も日本から購入する本の中に東野圭吾さんの本は含まれていました。
東野圭吾さんと言えば、ガリレオや加賀恭一郎など、事件を解決し、頭脳明晰さに驚かされる展開の刑事ものを描く作家さんというイメージでした。
しかし、先日友人から借りて手にした東野圭吾さんの本からは、私がこれまで体験したストーリーとは少々異なる世界が体験できました。
今回は、東野圭吾さんの小説『クスノキの番人』を紹介します。
1 『クスノキの番人』はどんなストーリー?
タイトルにもなっている「クスノキの番人」とは、その名のとおりの、お仕事の名称です。
小説の冒頭から登場する、主人公の直井玲斗。
この20代前半の青年は、クスノキの番人として働いています。
しかし、玲斗自らがこの仕事を選んで始めたわけではありませんでした。
中古の工作機械を扱う会社を理不尽に解雇され、生活に困っていた玲斗は、元同僚から社内の情報を聞き、自ら退職金代わりと称して高価な部品の窃盗に手を染めてしまいます。しかし、その計画は失敗に終わり、警察に捕まって玲斗は留置場に入ります。
そこに見知らぬ弁護士が現れます。
岩本弁護士は、依頼人が命じたとおりにすれば、玲斗は自由の身になれるいうのです。
判断に迷った玲斗は、コイントスの結果に自分の決断を委ね、弁護士の提案に従うことにしました。
無事に釈放された玲斗を待っていた人物は、玲斗の叔母と名乗る初老の女性、柳澤千舟でした。彼女は、大企業である柳澤グループの顧問を務め、これまでもグループ会社で大きな功績を残してきた人物でした。
彼女が玲斗に命じたこと、それは「クスノキの番人」として働くことだったのです。
東京から電車で1時間ほどの距離にある月郷(つきさと)神社に連れてこられた玲斗。
境内の脇の茂みの奥へ案内されると、そこには荘厳なクスノキが鎮座していました。
クスノキの太い幹の中は空洞になっており、根元から人が入れる空間がありました。
そのクスノキには、願掛けをすれば願いが叶うという言い伝えがありました。
そこへは昼間は立ち入りが自由で、願いごとをするための参拝者がチラホラと訪問していました。
神社内の清掃、管理を任された玲斗は、月郷神社の社務所に住み込みで働くことになりました。
そしてさらに、この「クスノキの番人」には重要な役割がありました。それは、夜の仕事でした。予約制で、夜にこのクスノキに祈念に訪れる人がいました。彼らに蝋燭を渡し、クスノキへご案内する仕事が玲斗に課せられました。けれど、この「夜の祈念」に秘められた真の目的について、玲斗は何も知らされていなかったのです。
玲斗は、夜に祈念に訪れる人たちとの交流を通して、このクスノキの祈念にいったいどんな意味があるのか、その謎を解き明かしていきます。
そして、祈念に訪れる人の人生と関わっていくうちに、玲斗自身の心境にも変化が現れ、心を揺さぶられる展開となっていくのです。
2 『クスノキの番人』の中に登場するステキなセリフ
この小説は、祈念の謎、そして祈念に訪れる人の謎を読者も一緒に推理するという、東野圭吾さん特有の謎解きの展開が面白さの一つになっています。
そしてさらに、作中で登場人物たちが発する台詞もまた、大きな魅力となっているので、ここでいくつか紹介します。
留置場から釈放されることになった玲斗を迎えにきた岩本弁護士は、投げやりな態度の玲斗に、示談に応じた会社の社長の言葉を告げます。
「欠陥のある機械は、いくら修理してもまた故障する。あいつも同じで、所詮は欠陥品。いつかもっと悪いことをして刑務所に入るだろうって」
この言葉を聞いて困惑する玲斗に、岩本弁護士は続けて言います。
「これからの生き方で、その予言が的外れだったことを証明するように」
人生の目標もなく、コイントスの結果で成り行きに任せて生きてきた玲斗に、岩本弁護士はさらに言葉を続けます。
「重大なことを決める時は、この次からは自分の頭で考え、しっかりとした意思のもとに答えを出すことだ」
岩本弁護士から掛けられた一言一言が、目標なく生きてきた玲斗の胸に、深く響いていきます。
しかし、それからストーリーを読み進めていくと、玲斗自らが発した言葉から、これまでの人生、玲斗はただ怠惰に生きていた訳ではないのだなと思わされる場面がありました。
千舟に連れられ、玲斗は柳澤グループの会社の謝恩会に行きます。そこで、社長の柳澤将和(まさかず)から、どんな将来を思い描いているのかと尋ねられ、玲斗は答えます。
「将来について思い描いていることなんて何もないです」
「前から石が転がってきたら素早くよけ、川があれば飛び越し、越せない時は跳び込んで泳いで、場合によっては流れに身を任せる。そんなふうに生きて行こうと思っています」
このセリフからは、玲斗がこれまで、目標がなくとも、決して自堕落な道を進んできたのではなく、必死で逆境を乗り越えてきた様子が伝わり、ハッとさせられました。そして、実際社長の将和も、玲斗のこの言葉を聞いて、「君は弁が立つようだ」と素直な感想を述べます。
そしてさらに、ここはまたもう一つの魅力をもつシーンでもありました。
柳澤コーポレーションの社長である将和は、さらに問うのです。
そうやって進んだ先に、目の前に壁がそびええて道が左右に別れていたらどうやって進むのかと。
今回はコイントスではなく、「それまでの経験を頼りに考えて決めます」と答えた玲斗に対して、将和は自分の意見を毅然というのです。
「何とかして正面の壁に穴を開け、真ん中に道を切り開けないか、それを考えるんだ」
大企業のトップが放つ力強い一言は、経験の浅い青年玲斗の胸へ、圧倒的な凄みをもって響き渡ります。この言葉との出会いは、彼をさらに大きな成長へと導いていくことになるのです。
3 クスノキに伝える意味とは
夜、立派なクスノキの空洞に入り祈念する、この行動が重要な鍵となって小説が展開しています。
「祈願」ではなく「祈念」なのです。
クスノキの中で、それぞれの人が何を想い、何を願っているのか、それを知ることはできません。なぜなら、言葉を紙面に書く訳でもなく、録音する訳でもないのです。
祈念者の強い想いは、目に見える形では記録されていないのです。
それでも、その人の祈念は、ある特定の人に伝えることができるのです。
そう、クスノキを通して。
この物語の中では、音楽も重要な鍵のひとつになっていました。
音楽は聴覚に訴えるものです。聞いた人は、それが言葉のように意味を持って、何の音楽であるのかをわかって受け取るものです。けれど、ただそれだけではありません。
音楽は、ただ、心に伝わるものなのです。
これまで、事件という具体的なできごとが鍵となって展開される東野圭吾さんの小説を楽しませてもらっていましたが、この小説は、人の想いや音楽という具象化できないものの謎を解くという、新しいステキな世界を体験させてくれました。
根本には温かい心をもった人間が描かれているということは、東野圭吾さんのどの作品も同じなのですけれどね。
4 「クスノキの番人」のモデルとなったクスノキ
この小説『クスノキの番人』は、アニメーション映画化されています。
その際、モデルとなったと言われているクスノキが、佐賀県の武雄神社にあるそうです。
佐賀県の公式観光サイトで紹介されている記事があります。
樹齢3000年以上と言われているここのクスノキは、根元が空洞になっており、小さな天満宮が祀られているということです。
東野圭吾さんがこの小説を書かれた際、この武雄神社のクスノキを思い描いていたかどうかはわかりません。けれど、きっと実際に神秘的に鎮座するクスノキを見て、直井玲斗の物語が生まれた、それは確かなのではないでしょうか。
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この夏、東野圭吾さんが亡くなられたという悲しいニュースを聞きました。
数々の素晴らしいストーリーを私たちに届けてくださった東野圭吾さん。
安らかな眠りをお祈りいたします。
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